今日のベーシストのブログ

笑って踊るベーシスト(爆)
テレビでは隅田川の花火大会、家の近所では盆踊り。
ついつい「きよしのズンドコ節」に誘われて…来たっす!
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なんだろ?なんでこんなに楽しいんだ
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太鼓の音と音楽と酔い加減がリンクしているのかな?
「おばちゃん、一緒に撮ろう!」
「あんた誰?」
「近所のものです。決して怪しいものではありません」
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「踊り教えるから私についてきて!」
「了解~ハイ!き・よ・し~」
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どんな災害に見舞われようとも、昔ながらの季節の風物詩は何とか工夫してでも
継続して決行してもらいたいものですね!!なんでかな?元気をもらう盆踊り。
それではサービスカット!
笑って伸ばすベーシスト~(身体の固い方は絶対に真似しないでください)
休日4.jpg
なんでかな?楽しいんですけど~!!
チク歌は明日締切です
NSPの平賀(ハンサム3号)


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今日のベーシストのブログ」への49件のフィードバック

  1. 一片の幸せさん

    いちかば~ち~か ラストチャ~ン~ス♪
    若い頃の祭りの夜を思い出しました。
    祭りになるとあの娘と仲良くなりたくて一人で妄想を描いていました。
    その実は
    そんな夢見られただけで幸せだったのかしら♪
    チャンチャン。

    返信
  2. 大分のあいちゃんさん

    平賀さんのノリは、いいなぁ~!
    こっちまで、しあわせ気分になります。

    私も先日、お祭りで踊りました☆

    浴衣で、夜なのに、汗びっしょり。コンクリートの壁に挟まれてないのに、暑さで、ぐっしょり濡れる~♪

    返信
  3. 乱魔さん

    なあにやってんだか?!・・・だょねε- (´ー`*)

    ソレって、トランクスじゃねえょね?
    はみ出さないよぅにしなね~~~~~(/^^)/⌒●~*

    節目節目に天野クンの《メモリアル花火》を同級生の方々が上げて下さるのが嬉しくもあり。。。哀しくもあり。。。。。

    返信
  4. いわし雲さん

    せっかく前トピで感動的な話をしてくれたのにねえ。
    この落差が平賀さんの魅力なんですけど…。
    nspを歌う会でn友さんが唄う「夕立のあとで」。いい曲だなと思ってましたが恥ずかしながら最近まで平賀さんが作った曲だと知りませんでした。
    菊池くんも大谷くんも昨日は残念でしたが、甲子園、また横浜と花巻東応援します!

    返信
  5. ねこさん

    あぁ 今日も暑い。。。 盆踊りなんて、もう何十年も踊ってません。。。平賀さんホント楽しそう!知らない人とでもすぐに仲良しさんになるんですね。 自宅の写真の奥の山に;大;の字が見えるんですが、大文字焼きのような物があるんですか?

    返信
  6. としぴー。さん

    平賀さん、富沢の彼女はダミーで、

    本当はオバチャン好きなんじゃないの?(^^ゞ

    祭りの夜はフリー、って、大昔の田舎のように。(´д`;)

    返信
  7. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    『冬の時代』に続きタイトルもジャケットも申し分ありません。ただ三人三様悩みを抱えて臨んだレコーディングでもありました。僕は初めて導入するドラムマシンとの格闘に不安を(笑)中村くんはソロとnspの狭間で進むべき道を悩み格闘。彼のソロには僕もアレンジや曲提供していたので若干責任を感じていました。天野くんは中村くん問題プラスこのレコーディングからキーボードの澤近を正式なメンバーとして迎えたいと真剣に考えていました。天野くんがいろんな意味でバランスを取りながらも中村くんのヤル気と新生nspを意識したアルバムがこの『水と太陽』だったように思います。ある日、スタジオに籠ってレコーディングしていると、ある方々からスタジオを見学したいというお願いが…高円宮ご夫妻でした。nspのことも「夕暮れ時はさびしそう」も知っていました。そう云えば同年代なのでした。故川上源一会長に大絶賛された「夜のみだらな鳥」の歌詞に代表されるようにアルバム全体に漂う不安定な安定感、リアルでピュアで、男臭さが充満していますね。『水と太陽』…言い換えれば『男と女』か。このアルバムを引っ提げて敢行した「fly to the moon ツアー」はレコーディング同様に三人三様いろんな思いを抱えながらも澤近、深浦二人のサポートメンバーと一緒に最高のパフォーマンスを見せられたツアーだったと今でも思います。特にこの時期の僕は最高でした(笑)中村くんもツアー中に腹を決めたのか、ボーカルにmcに伝わってくるものがありました。もっと多くの人たちに見て欲しいと何度思ったことか…ヒット曲に恵まれず残念でした。このツアーの後、天野くんの説得も空しく中村くん、nspは新たな道を突き進むことになります。

    返信
  8. しょうちゃんさん

    う~ん、そうでしたか‥


    ちょっと、イレギュラーなコメントになりますが‥
    「夜のみだらな鳥」‥
    筆やなく、パレットナイフ(ペインティングナイフ)か~
    と、この歌を聞くと、ぶわぁ~っと、イーゼルやカンバスなど‥映像が浮かんできます。

    返信
  9. 大分のあいちゃんさん

    読み応えのある、コメントありがとうございますm(__)m
    35年ぶりの戻りファンの私には、とても新鮮でもあり、悩みながら、それでもファンの為に、おくびにも出さず 精一杯のコンサートをしてきた。1985年郡山ライブじっくり聴かせていただきますm(__)m

    nsp物語また、聞かせてください<m(__)m>

    返信
  10. 乱魔さん

    率直に言って!
    当時のツアーの空気感てのは、ステージ上でも。。移動中でも。。かなりピリピリした緊張感に包まれていて。。。
    ファンゆえの、居たたまれなさ。。歯痒さ。。そんなヒリヒリした痛みを気のせい?だと誤魔化し誤魔化し追っかけていた。。。

    天野クンのやりたい音楽を実現させてくれるであろう♪チカちゃん&フックン。
    若くて、才能もめちゃめちゃ有り、当時で彼らを強力サポートメンバーに迎え入れてたnspってどんだけスゴイの?!(@o@;)
    今でも私はそう自慢に思います。。
    (チカちゃん&フックンのその後の活躍のほどは・・・・・割愛)f(^_^;)

    『水と太陽』のジャケ写は、どなただったか?有名な外国人の方の記憶~~(ちがかった?)
    なんだかお子ちゃまの私には(笑)あまりにおどろおどろしくて怖かった。。。
    と同時に、なんつーの?あのパッケージ化!軽量ジャケ?!(爆)
    あんましでねえの?。。。。。nsp舐めてんの?。。。。。憤ったもんさね。

    ぁ、『冬の時代』のジャケ写の受賞の件。
    生憎自分は全く記憶に無く(>_<)・・・なんでしたっけ?
    平賀クン、頑張って!思い出してよ!!(笑)

    fly to the moonツアーを終えて、ibcテレビのニュース番組取材。
    天野クンちに平賀クンが遊びにやって来て♪(笑)
    部屋で洋楽ガンガン★大音量で天野クンから聴かせられる平賀クン。。
    あ~だこ~~だと唾ペッペ状態で熱弁する天野クンの隣で“コクコク”頷きまくる平賀クン。。
    なしてか?この日ツアージャンバー羽織って遊びに来た平賀クンの貧乏臭さ。。。(大爆)
    今となっては貴重な映像、ッす(^_^)v

    返信
  11. 天然コケコッコさん

    平賀ちゃんの楽しそうな満面の笑顔を見てると、天コケもなんでか楽しくなって、一緒ににやけちゃうんだなぁ~(≧▽≦)
    相変わらず、浴衣姿のお姉さまには、弱いようですねぇ~?!
    これから、花火に、盆踊りに、浴衣美人
    と、平賀ちゃんの大好きな季節でしょうか?!( ´艸`)

    返信
  12. appleさん

    平賀さん、皆様のお話に、「世界ふしぎ発見」よりもゾクゾクする「nspお宝発表! 」ですね。
    私は、ファンというよりも、「もっとあなたを知りたくて 」の気持ちなので皆様のお話が楽しみです。

    こんなふうにここに来てすごしているうちに、、、スリーハンサムズのコンサートの時期になるみたい(*^^*)

    鹿児島にもいらしてくださいね。

    待ってますよ♪

    平賀さん、是非、今度は、、あの歌をよろしくね(*^^*)

    返信
  13. あまたくさん

    この、はっちゃけた^^方が創って、唄っているとは思えないのですが、
    (詩は、天野クンですが・・・)
    私の次なるチク歌は、「少年達の海」です。

    この何とも言えない、せつない気持ち・・・・
    わかるんだなぁ~

    親友と同じ人を好きになったら・・・・
    アイツはいい奴と、云っちゃうよなぁ~

    みんなの会話の中から、君の声だけ
    拾っちゃいます・・・・

    そういう、もどかしくて、やるせない気持ちを経験して、
    少年、少女は、大人になるんだよね~

    そういう気持ち、いつまでも忘れたくない!!

    そういう意味で言えば、笑って踊れるベーシストさんのように、
    いつまでも、少年(?)のように笑って踊っていられるって、
    最高!ですよねっ♪

    返信
  14. 三風さん

    機材を運ぶ大きなトラックに『fly to the moon』って書いてあったね
    浜松市民会館への坂道を上ったら このトラックが見えて
    そばを歩いていた女の子たちのグループが
    「nspだって まだやってたの?」って言ったことは忘れない
    座席を開場前の机の座席表から選んだのも初めてだった
    中村くんの正面の一番前に座ったけど 空席以外満席状態だったな

    あのあと fcから中村さんの脱退のお知らせが来て
    頭の中が真っ白になったんだけど その後の記憶があまりない

    たぶん。。。だから『apocalypse』に色が見えなかったんだね

    平賀どのが教えてくれる当時のお話はいろんなことを思い出させてくれて
    だけど痛くて これが『チクリ』なんだ。。。

    apocalypse

    返信
  15. としぴー。さん

    平賀さん、これからも、こんな秘話(?)を書いてくださいね。

    もう時効なんだから、あんまり遠慮はいらないかと・・・。(;´∀`)

    お待ちしてます。

    返信
  16. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    事務所からはこの「fly to the moon tour」を解散コンサートにしませんかと打診されていました。確かにこの頃のnspには経営側から見たら未来を感じられなかったのかなと思います。担当マネージャーからも3人のソロ活動を強く薦められていました。振り返るとこの時期スタッフサイドはnspをなんとかバラバラにしようという意図があったのかも知れませんね。中村くんが悩んだのは理解出来ます。往生際の悪い天野くんはどちらも断ります。そして事務所と決別して新事務所を立ち上げてでもnspを存続することを決心します。僕は幾度となく制作プロデューサーとして残るよう懸命に説得されました。僕が一番お金に困ると思ったのでしょう。確かにその通りです(笑)本当に誠意ある言葉をたくさん頂きました…でもnspを選びました。付き合いの長さがそうさせたのか、nspが好きだったのか、現状のままに未来を感じなかったからなのか、最後を見届けたかったのか…多分、妻が背中を押してくれたからだと思います。中村くんの正式な脱退、新事務所nspオフィスの立ち上げ準備、澤近&深浦をメンバーに迎えての新生nspの準備、曲作り、レコード会社への経緯説明と交渉…いろんな事が待ち構えていましたが、天野くんを筆頭に一つ一つクリアして再びレコードを出してツアーにと見えない明日に思いを馳せていた1985年でした。あっ!天野くん一回目の結婚(確か…)。見届け人として自費でハワイまで同行させられました(笑)天野ファンには悲しくても僕にとっては唯一ハッピーな出来事でした。

    返信
  17. mayuminさん

    平賀くん~~~
    色んなnsp秘話、本当にありがとうございます。

    1985年に、天野くん1回目の結婚って・・・(^0_0^)
    そうか、自分も私生活に忙しくてこの頃はnspをお休みしてました、後悔。

    返信
  18. 乱魔さん

    28年経っても忘れてないもんだな。。。
    鮮やかに当時が今甦ってくる。。。。。

    中ちゃんがソロに転向し♪私も当時何度かは都内のライブ会場に足運びましたょ(^^)
    甲斐甲斐しくお世話する。。とても頼もしい中ちゃんファンの方々がいらっしゃってて☆
    私自身はとてもファンの姿勢?として学ぶところが大きかったですね。
    中ちゃんには中ちゃんの世界が確かに有る!
    そうも気付かされましたしね。

    あ~あ。。。
    胸がいっぱいだょ。。。平賀クン。。。。。

    返信
  19. ゆうこリンリンさん

    いつも、皆さんの投稿楽しみにしてま~す(^_^)
    天野クン自分の誕生日の5月5日に出て行ったってコンサートのコメントネットで見ましたよー
    中村クンも離婚したと(@_@)
    天野クンの結婚は何年続いたのか
    どんな女性だったのか、とても気になってました~
    天野クンと結婚したかった~~~♪(*^_^*

    返信
  20. 大分のあいちゃんさん

    平賀さんのコメントを、読んでみると、ステージの様子がなんとなく、想像できたりして。

    何事も続ける事ってむずかしいですね! 音楽業界なおさら厳しいでしょう。

    1985年 私もnspのファンではなかった時期、ずっとnspを支えてきた、乱魔さんや皆さんありがとうございました。

    1986年私も結婚しました。偶然天野クンの一回目と同じ年に。
    私は、一回きりですが(^_-)

    平賀さんは、幸せ者ですね。背中を押してくれた妻がいて、今は、かわいい(*^_^*)妻がいて☆
    そんな平賀さんのお話、楽しみにしてます!

    返信
  21. 三風さん

    最初のt'crewに入会はしたけど
    子供たちが小さくてルイードには行けなかったの(´・_・`)
    手描きの会報が来て ライブのお知らせを見て
    すごく行きたかったけど会報も途中で途切れてしまって
    中村さんとのつながりが途絶えてしまった。。。

    あのfly to the moon ツアーは そんなに重いものだったのですね
    なにか 感じるものがあったのは。。。それだったのか

    だから 三人がまた戻ってきてくれた時の喜びは大きかった
    本当に嬉しかったよね

    老人峠まで ずっとついて行くって決めたのにね。。。

    平賀どのと中村さんにはずっとついて行きますから(*`▽´*)

    返信
  22. 乱魔さん

    天野クンが楽しみに覗いてた(( ̄_|平賀クンの「虎ノ門bbs」(笑)
    どなたか《全部》保存されてません?!
    平賀クン本人が保存してるはずないし。。(爆)

    ポニキャンサイドでは保存されてませんでしたか?!

    返信
  23. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    大きな事務所を離れるとレコード会社も敬遠がちになるのがこの世界。でもキャニオンレコードは違いました。新生nspにもnspオフィスにも理解を示し受け入れてくれました。その時だと思います。こういう会社で働きたいと思ったのは…まさかその後に実現するとは夢にも思いませんでした。俄然やる気になった天野くん、何かすがるものが欲しかったのか、自ら何かを断ち切って新たな気持ちで前に進みたかったのか、突然名前を天野音彦に。周りの評判など全く気にせずに(笑)まるでアコースティックギターと共に天野滋との決別のようにも思えました。澤近、深浦という心強い伴侶を得た天野くん、本当に水を得た魚のようにバラエティに富んだ、ちょっとそこまで行っちゃう?!というような作品までを一気に仕上げていきます。制作費を最小限に抑えキャニオンさんに報いようと天野宅でかなり準備しましたから(爆)全員ボーカルもコーラスも完璧に出来るというのももの凄い強みでした。天野滋らしい「シェイキンlady」「ルージュはサイレンス」から新生nspの進むべき音楽性を打ち出した天野音彦的「真夜中のラビリンス」「テレポーテーション」、新加入二人の作曲/ボーカル「永遠」「バイブレーションインザダーク」など今までにない幅広く興味深い作品が並びます。その中で唯一80年代を感じてしまうのが「スタジアムでライトビール」、残念です(笑)ドームになる前の後楽園球場で二人観戦した巨人の優勝がかかった「巨人対ヤクルト戦」がベースになっているんですが、上手く描かれました。どうでしょう…今聴いたらフラッシュバックして泣きますかね(笑)「風立ちぬ」でも泣きそうになったくらいですから。心配していたレコーディングは順調でしたが、思わぬことで波紋が…その二に続く(爆)

    返信
  24. 大分のあいちゃんさん

    その時、その時のnsp秘話。

    今、2002.1.26の復活コンサートを見ています。
    三人とも、優しい、いい顔してます☆本当に、うれしそうです。今から、歌は世につれです。私も、泣きます(t_t)

    キーボード、澤近タイスケとの紹介で、あらためて時の人のお顔を、拝見しました。この方のボーカルも聴いてみたいと、
    順番でcd購入したいと、思ってます。

    まず、youtubeで、拝聴させていただきます。
    apocalypse ! 楽しみたいと思います。

    返信
  25. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    天野くんの書いたライナーノーツに澤近、深浦が表情を曇らせます。ストレートには言いませんでしたが勘弁してくださいという感じでした。フィクションとは言え天野くん以外の3人が亡くなるという設定で(笑)その死に方がまた衝撃的でね。新生nspのメンバーとして、これからという矢先の二人にとっては後味の悪いスタートとなったかも知れませんね。うちの奥さんも「ゆうやけ」のイラストジャケット以来の大激怒で(爆)なだめるのがそれはもう大変でした。それでも天野くんは25年後の思い出話だからさと一笑に付します。「懐かしの80年代にさよなら」というお題で、2011年に80年代を振り返るという設定になっているんですが、ほんの2年前ですよね、あたっている事もあってちょっとドキッとするんです。大三次世界大戦や巨人と阪神が優勝を争っていて巨人の監督は原監督。そして天野くん二回目の結婚…ただし天野くんの場合は同じ人との再婚でしたが(笑)天野くんが生きていたら、この話をしようと思っていたんですが…。話は戻りますが、シングル「シェイキンlady」その曲を収録したアルバム『apocalypse』はすこぶる評判も良くてライブも楽しみでした。何か所やったのかな?実はあまり覚えていないんです。多分リハーサルの段階でnspの中での自分の役割はもう終わったんじゃないかという思いのほうが強くて自分の身の振り方だけを考えていたように思います。そんな状態のまま実際にステージに立つと…まずファンのみんなの目線、中村くんのいないnspを初めて見るわけで、ちょっと困惑しているような、なんとか納得しようとしているような、そんな様子が窺えたんですが、それは予想できていたのであまり気にならなかったんですが、自分自身がとても冷めていて……衝撃の結末その三を待て!(って、みんな知ってるっつうの!)

    返信
  26. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    場所が変われば気持も違うんだろうと、悪いイメージは振り払ってライブに集中しようとしたんですが、回を重ねてもなかなか上がらなくて…こんな自分をいつまでもファンのみんなに見せるわけにはいかないなと。nsp…一生は出来ないだろうけど、ずっと続くんだろうな。いつまで続くんだろうなと移動中の車窓から見える田園風景は僕に「そろそろ田舎に戻りなさい」と訴えているようで、苦しかったなあ~我儘な長男だとこの頃は自覚していたので(笑)ツアー終了後に天野くんに相談する前に妻に伝えます。ホッとしていました。新加入の二人もまたメンバーになったことで自由に他の仕事が出来なくなる拘束されることに悩んでいました。ピュアに自分の音楽を追求したい天野くんに対しピュアについていけない3人がいるのでした。ここは僕からアクションを起こしてあげないと…。渋谷東武ホテルの喫茶店内。豆鉄砲喰らったハトみたいに、まさにそんな顔した天野くん「ええええええええ~、マジで?!聞いてないよぉおおお~!!」15周年に向けてこれからどうしようかというスタッフとの前向きな打ち合わせで後ろ向きな発言をしてしまったのでした。多分、そこが自分の限界だったんだと思います。何かが終わり、そして何かが始まる…『apocalypse』はいろんな事を僕に教えてくれました。今でも一番感謝しているアルバムです。ああ、スタジアムでビールが飲みたくなった(笑)

    今夜からはじまる首位攻防戦の巨人阪神三連戦。首位をゆく原監督率いる巨人軍に……
                                          2011年夏 天野音彦

    凄いなあ…やつは。

    返信
  27. 大分のあいちゃんさん

    平賀さんお疲れ様でした。いっきに書き上げましたね!
    読み応えのある、お話に今の楽しそうな、少年のままの平賀さんと、違う真剣な?!顔をして、悩んでいたあの頃が、あったんですね。予知能力のある天野さんのライナーズノート。

    原監督!ズバリ的中。違っていたのは、三人は生きていて、音彦さんが、旅立っている現在。不思議な感じですね。

    スタジアムでライトビールをは、作った時の内容はともかく、スカッと爽やか○○ーラみたいに、聞いた感じが好きです。

    返信
  28. スーこと 面影橋さん

    平賀さん 貴重なお話を
    ありがとうございます。
    胸が痛くなるようなお話 涙堪えながら一気に読ませてもらいました。

    まるで 食わず嫌いのように 一番 聴いていないアルバムでした。

    今夜 一曲一曲 大切に 聴かせてもらおうと思います。
    天野さんや 平賀さんの表情が目に浮かんてくるような平賀さんの文章。

    スマホの中じゃなく
    ページをめくりながら
    紙の感触と印刷の匂いを感じながら 読ませてもらいたいな と思いました。

    私にとって 今まで以上に nspの曲たちが
    かけがえのない存在になりました。

    平賀さん ありがとうございました。

    返信
  29. 三風さん

    なにかひっかかっていた『fly to the moon tour』
    信じられなかった『中村さんの脱退』
    色の見えなかった『apocalypse』
    理解に苦しんだ『天野音彦』
    空中分解みたいに感じた『新生nsp』
    平賀どのの『音楽プロデューサーへの転身』

    私の中で長い間蓄積していたモヤモヤが
    次々と ほどけていく 溶けていきます

    私にとっては突然でも 『突然』じゃなかったんだ。。。

    平賀どの いろんなことを教えてくれてありがとうございます

    返信
  30. シミミさん

    うまく表現できませんが…(-_-;)
    最後までnspに居たかった天野クンは、復活したら一番にnspから居なくなっちゃったんですね………。

    返信
  31. シミミさん

    平賀さん、貴重なお話ありがとうございましたm(__)m

    これかもnspを、聴き続けます(*^^*)
    大好きですから…♪

    返信
  32. 乱魔さん

    平賀クン。
    本当にどうも有り難う。。。。。

    【apocalypse】を語ることは、何かに遠慮し。。どうにも尻込みし。。。
    自信持って好き☆と言えるアルバムなのに。。言っちゃいけない!、みたいな。。。
    なんかね、すごくつらかったょ。。。。。

    平賀クンにとっても今回、最初で最後の?【apocalypse】へのケジメが出来たんじゃない?(笑)

    読んで驚いたのは・・・
    当時我々ファンが噂していた通りの出来事が起きていたんだな~~ということ。
    やはりファンの目は節穴じゃなかった!と(((爆)))

    天野・中村・平賀の3人nsp→天野・平賀・澤近・深浦4人nsp→天野・平賀2人nsp→(天野1人nsp)→天野・中村・平賀3人nsp
    時の移ろいと共に色んなnspがあったわけだけど、
    そのどれもが私にとっては≪最高のnsp≫でした!
    決して順番なんて付けられない、そんなの無意味な、nspワールドであり!天野ワールド!!でした。

    >天野クン♪
    「ひらがあ~、オマエしゃべりすぎなんだよ!」
    ・・・なぁんて言っちゃダメだょ(笑)

    返信
  33. しょうちゃんさん

    戻りたいところに戻れた‥
    と、2005年七夕でしたか、平賀さんがつぶやいたコトバ‥
    天野滋‥の、nsp人生にバンザーイ!!
    そして、平賀和人、中村貴之、天野滋、三人のnspは永遠に続く‥

    湿っぽいのはイヤなので~
    ホントは長さんファンの平賀さんのために「nspは永遠に不滅です~」と言おうかと思たけど、根っからの虎党なので‥ごめんちゃい(笑)
    まあ、2ゲーム以上突き放しての首位の余裕で笑って許して~
    apocalypse未来予想、木戸さんやなくて惜しい!?当たってたら怖~い(笑)

    「スタジアムでライトビール」
    あれは天野さんが、平賀さんと彼女(奥様)のことを描いたと思ってたけど‥平賀さんと天野さんやったんやね~

    返信
  34. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    “解散もなければ復活もない”なんてカッコいいキャッチフレーズまで作ってnspの通販商品を制作していたこと自体、映画の『あなたに恋のリフレイン』じゃないけれど、どんなに離れていても離れようとしてもnspの魅力にひき寄せられていたんだと思います。実際、キャニオンレコードの制作ディレクターとして世に出そうと探求していたのはnspのようなグループだったし天野くんのような歌詞を書くアーティストでした。たまたま出会ったグループは女の子3人組だったけど13年間nspで学んだすべてを場面場面でぶつけました。その時改めて思いました。僕はどれだけ濃密な経験をして来たのかと。そして16年かかったけど、帰れぬ昔へ帰れた僕はただただnspの魅力にとりつかれて行くのでした。ファンあっての…確かにそうだけど、突然のように脱退してファンに迷惑をかけた僕ですが…どうやら僕はnspあっての僕のようです。

    返信
  35. 大分のあいちゃんさん

    平賀さんありがとうございました。
    私の忘れかけていた、トキメキ☆を、蘇らせてもらえていますm(__)m

    また、沢山のnspを通しての、友達もありがとうございますm(__)m

    55年間生きてきて、ひさしぶりに、楽しい時間見つけました!
    先日友達に、「今、nspにまた、はまってしまってるんだ☆」っていったら、「どの人が、好きなの?」って言われました。

    平賀さんの兄貴のような温かさと、n友の皆さんにはまってしまってます。まだまだファンとしては、未熟な私ですが、よろしくお願いします(^_^)

    返信
  36. appleさん

    平賀さんのお話、、あとがき、、拝見して取り出してみたのは、、シングルcd。
    melody、女の子三人組。

    天野さんが「フラレタ気分」の作詞なさってます。
    吉田朋代ちゃんのアルバム、瀬戸朝香さんのアルバム、、いろいろ聴きました。

    いつもいつも天野さんを探して。

    あとがきの次は、、裏表紙かな、、、

    大変貴重なお話いつもありがとうございます。

    あちこちで突然の大雨になる天候です、、
    皆様、お元気で。

    返信
  37. appleさん

    タイトルが赤い文字だっので私の歳を重ねた視力?で見落としていました。
    大好きなタイトルでもあります。
    melodyの「世界中の微笑み集めてもかなわない」。シングルcd。天野さんらしい詞です。始めっから。
    「、、、震えるハートを止めて下さい
    、、、震えるハートを抱いて下さい」
    こんな言葉で終わるなんて♪

    お話したくなる私を止めて下さい。。。 です、今夜は。

    返信
  38. 天然コケコッコさん

    nspあっての平賀ちゃん!!
    平賀ちゃんあっての天コケ!!
    これからも、よろpくーです(*・ω・)ノ

    『解散もなければ復活もない』
    今まで通りで、良いんだよね~(*'▽'*)

    返信
  39. NSPの平賀(ハンサム3号)さん

    天野くんはここぞという局面で起用しようと思っていたのですが、なかなかそのチャンスが訪れません。ゴーバンズ、平松愛理、rabbit…作家を必要としません。なかなかやって来ないのでこちらから仕掛けます。当時毎週日曜日の午後に放送されていた『あっぱれさんま大先生』。さんまさんが先生役で、いろんなキャラを持った生徒たちと楽しそうに遊んだり時にはバトルを繰り広げたりの破天荒な学園ドラマ風な番組だったんですが、閃きます!このクラス(番組)のテーマソングを作ろうと。またまた閃きます!どうせならこのクラスの一年間の行事や男女関係(笑)を一枚のアルバムにしようと。さらに閃きます!さきに詞があって、それに著名な作曲家がメロディを付けたら面白いなと。天野くんに電話を入れます。「ああ、毎週見てるよ!さんまさんのだろ?面白いな、あの生徒たち!」フジテレビのプロデューサーに企画書を持っていきます。天野滋全曲詞先による『あっぱれさんま大先生 キャンパスソング集』。天野くん曰く詞先というのは、意外に苦しいのだそうです。メロディとイメージが限定されるからなんだそうです。それでも書いて欲しい作曲家の皆さん、天野くんと同じようにこの番組にとても好印象を持っていたこと、この企画に、詞の面白さに好意的で、快く応えてくれました。その中の1曲がのちに裁判沙汰となり、編曲権の侵害という僕の頭では到底理解できない逆転判決で結審します。誰からも愛された「記念樹」がとても残念な形で裁判上この世から抹殺されることとなります。それでも、この時のことを忘れないように66ページにわたる東京高等裁判所の口頭弁論終結書を大事に保管しています。何故ならこれも天野くんとのとても大切な重い重い思い出なので(笑)今でも思い出すのが、裁判前に弁護士に対して言った「真実が負けることなんて…あるんですか?」ああ、久しぶりに正義をかざして青春してたな。

    返信
  40. みぃさん

    伝えたい想いは、たくさんあるけれど言葉がみつかりません。

    胸が、チクッと痛くなるようなお話に、

    ただ「ありがとう」だけは伝えたくて・・・m(__)m

    返信
  41. スーこと 面影橋さん

    平賀さん 大切な重い重い思い出話をありがとうございます。

    『あっぱれさんま大先生』毎週 私も見てました。

    nspコンサートの最後に
    みんなで 唄った
    大阪サンケイホールでの記念樹♪

    詩が 心にしみるようでした。懐かしいです。

    実は 私が一番 好きな芸能人は

    明石家さんまさん。

    さんまさんの お誕生日は7月1日。。。

    2005年の 8月18日の nspファンのオフ会は みんな涙涙でした。
    順番に好きな曲を言って
    曲を流してもらい みんなで 聴きました。

    私の隣の方は

    『birthday』を リクエストされました。

    その方が
    私の誕生日
    7月1日なんです と言われ
    あとは涙で 言葉にならなかったと思います。

    今夜は 記念樹を 心の中で 唄いながら いろんなこと 思い出しています。

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  42. 大分のあいちゃんさん

    平賀さんの青春!nspストーリー!気がつけば、どんどん引き込まれていました。同じ人生約60年なのに、平賀さんの人生随分中身の濃い人生ですね。これからもいろんなお話聞かせてください<m(__)m>

    次のお題の「青春の思い出」? 頑張ってコメントします(^_^)
    皆さんの「青春!」 楽しみです。

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  43. 乱魔さん

    このアルバムはジャケットもnspとは違い、凝ってんナァ~♪とか思ったっけ。。

    復活後、手話を齧ったことのあるnspファンの方々を募り!
    『さようなら』『夕暮れ時はさびしそう』『赤い糸の伝説』『八月の空へ翔べ』『はじまりは朝』『青い涙の味がする』等を手話で歌うことにチャレンジ★
    あん時ゃ。。今では有り得ないほどの集中力で習得し(笑)、一曲一曲完成するまでの仲間とのコミュニケーションも愉しかった~♪
    平賀クンには【シュワっち】と名付けて頂いた我々の活動でした。
    この活動の〆の曲を『記念樹』にしたことは、自分の中ではとても意味の有ることでした。。。
    (ああ~、久し振りに思い出しちゃったぃ。。)f(^_^;)

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  44. 大分のあいちゃんさん

    皆さんのコメントを読む→googleで探す→見つけ出して→聴く。欲しくなって買う!

    高校時代でしか、nspを知らない私は、1977年以降は、ほとんどが、新鮮で未知数!

    n友の皆さんの、nspとの青春時代を、共有させてもらいながら、今のこのひととき、楽しんでます☆

    35年休んでましたが、主人がさんまさんが好きで、「あっぱれさんま大先生」を見てたので、聴いて思い出しました。

    天野さんの作詞と知っていたら、また違った耳で聴いていたかも、過去の残念なお話です(^^;)

    今日から甲子園。わが大分商業は、2日目頑張って応援します。熱闘 甲子園で全体を復習しながら♪ 

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  45. 姫りんさん

    活動休止に至る経緯、記念樹事件・・様々なことがあったのですね。
    私の中の空白の時間が埋められていきます。

    赤裸々に綴っていただいてありがとうございます。
    天野さんの亡き後、真実をファンの方に伝える事が残された平賀さんの使命であると
    感じられているかのように思います。

    平賀さんの熱い思い、しっかり伝わってるよ。

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  46. 波〇伯部 真織

    ココから、平賀さんにコメント、届くのですか?
    大昔のことで忘れてらっしゃるかも知れないけど、大阪で仲良くして頂いた真織です。最近、音楽友達ともNSPの話、チラホラ出る度、思い出します。チャー君から天野さんの件は連絡頂きました……頑張ってるんですね〜!
    私の中の思い出は、ファーストアルバムのライブの、「平賀くん」そのまま……懐かしいです。

    また、機会があれば、お会いしたいです(^^♪

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